何故男と女は恋に落ちるのか。恋愛のあれこれを暴露します!

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小室哲哉の全盛期

シンセサイザー

2015年10月12日更新
テーマ:男女の出会いとありえない人生

ちょっと前まで日本で知らない人はいないと思われていた人気プロデューサー小室哲哉。
数々のヒット曲を生み出し、小室哲哉作曲と言えば売れる時代だったのは数年前まででした。

小室哲哉を有名にしたのは1986年に渡辺美里に提供した曲「My Revolution」ですが、
その年の日本レコード大賞では金賞を受賞しました。
翌年の1987年には自身のユニット「TM NETWORK」の
10枚目のシングルにあたる「Get Wild」で大ブレイクし、
第39回NHK紅白歌合戦に初出場を果たします。

1990年代には小室プロデュースという社会現象が巻き起こり、
有名アーティストやアイドルへの楽曲提供が止まりませんでした。
歌番組を見れば、作曲者名に小室哲哉が入らないことはありませんでしたし、
アーティストのサポートとしてテレビに映ることも多々ありました。

そんな小室哲哉が1994年に自身のユニットである「TM NETWORK」を解散。
その後は楽曲提供をメインに音楽プロデューサーとしての道を本格的に歩み始めます。
作曲に専念出来たからかどうかはわかりませんが1994年から数年間の間には
立て続けにミリオンセラー曲を提供しています。
特に安室奈美恵やセルフプロデュースのglobeは発表される曲全てが
チャートのトップを占める程でした。
打ち込みという曲のスタイルで日本のJ-Popに衝撃を与えた数年間は
まさに独壇場という言葉が相応しかったと思います。

その後、安室奈美恵が出産の為に活動休止をしたり、
噂のあった華原朋美との関係を絶ったことが主な原因と推測されつつも、
小室ブームは次第に縮小していきました。