何故男と女は恋に落ちるのか。恋愛のあれこれを暴露します!

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細木数子の過去-人生

クラブ

2015年10月7日更新
テーマ:男女の出会いとありえない人生

細木数子は政治家や暴力団関係にも幅広い人脈を持っていた父親が、
63歳の時に渋谷に生まれます。
16歳の時にはミス渋谷も選ばれ、17歳の時には東京駅の高架下で
「ポニー」というスタンドコーヒーの店をオープンします。
しかしこの「ポニー」をオープンからわずか半年で売り、
新橋のガード近くにクラブ「潤」をオープンさせます。
さらにこのクラブ「潤」も翌年には売却し、
1958年20歳の時に銀座にクラブ「かずさ」をオープンします。
1961年には銀座にバー「だりあ」を出し、
1963年にはお店の客だったメガネ屋の社長の後継ぎ息子と出会い結婚します。

しかし3ヵ月で家を飛び出し、1966年に離婚が成立します。
また1964年には赤坂にディスコ「大使館」をオープンするなど、
若くからやり手のママとして知られていました。
1970年には赤坂にクラブ「艶歌」をオープンさせますが、同年10億円の詐欺に引っ掛かり、
1965年には世田谷に新築した家とお店を差し押さえられます。
ところが1972年に債権者を説得して赤坂のクラブ「艶歌」を再開し繁盛させ、
3年後の1975年には借金をほぼ完済します。
そしてこの年に、ディスコ「マンハッタン」をオープンします。

またこの年に4億円の負債を抱え、
にっちもさっちもいかなくなった島倉千代子の後見人として、
島倉千代子の興行権利やレコードの販売権を手に入れます。
さらに島倉千代子が当時所有していた、赤坂のマンションも自分の名義にします。

またテレビ番組でも「地獄に堕ちる」とか「私を誰だと思ってる」などの発言が問題となり、
その後ノンフィクションライターの溝口敦著「魔女の履歴書」が
「週刊現代」で連載され、細木数子の過去が暴かれると、
細木数子は2006年6月に連載差し止めと名誉毀損で
6億円の損害賠償を求める訴訟を起こします。
しかし2008年3月に「ズバリ言うわよ」と「幸せって何だっけ ~カズカズの宝話~」の
番組が終了した2008年7月に細木数子はこの訴訟を取り下げています。